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大阪高等裁判所 昭和34年(う)1071号 判決 1960年3月30日

控訴人 被告人 松永義輝

弁護人 目代誠吉

検察官 那賀島三郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処し一年間その執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴趣意は記録にある被告人及び弁護人目代誠吉各提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

被告人の趣意第三点について

所論は要するに、原判決はその挙示の証拠によつて、被告人が判示階下階段下脇壁下地板横四三センチメートル位縦八〇センチメートル位を破壊したと認定しているが、原判決が証拠として引用している原審の検証調書添付の右破壊個所の写真は、石井正隆の告訴状添付の写真に比し破損部分が広大になつており、正確性はなく、原判決が右調書を証拠として右破壊部分を判示のように認定したのは事実の誤認であるというのである。

原審第五回公判における証人石井正隆の供述調書、当審受命裁判官の同人に対する尋問調書、原審の検証調書、当審受命裁判官の検証調書、当審において取調べた右下地板破損部分の写真のネガ、石井正隆の右ネガ提出書、その領置調書、右ネガによる焼付写真を総合すると、右下地板が被告人によつて破壊された昭和三一年九月七日頃の数日後、石井正隆によつて右破壊個所が写真にとられたが、その後被告人が同個所から破損された下地板数枚を取り外し去つたこと、従つて原審検証調書に添付されている右検証の際に撮影した右破損個所の写真は、破壊された当時の原形とは幾分異なつていることが認められるが、右両者の写真を対比すると、その差異は僅少であるということができる。そしてかかる破損個所の範囲は犯情を明らかにする程度に認められれば、それで充分であつて、右破損部分についての原判決の認定は、横四三センチメートル位縦八〇センチメートル位とされており、ほぼ右原形を表わしていると認められ、原判決の右認定に誤りがあるとすることはできないから、この点についての所論は理由がないが、職権によつて調査すると、原審は「被告人は松永喜一郎と共謀の上昭和三一年九月七日頃、有限会社石井商店(代表取締役石井正隆)が山下武司から賃借中の芦屋市大原町一九五番地所在の木造二階建家屋(延坪約一四坪三合)の階下階段下脇壁下地板横約一尺縦約二尺平方位並びに階下西側壁上の直径約二寸平方及び横約三寸縦約六寸平方の二個所を薪割用斧で破壊し、もつて建造物を損壊した」という公訴事実に対し、判示証拠によつて被告人が単独で、右日時頃薪割用斧を振りまわし、右家屋の階下階段下脇壁下地板横四三センチメートル位縦八〇センチメートル位、階下西側壁直径一〇センチメートル位及び横六・五センチメートル位縦二〇センチメートル位の三個所を破壊し、もつて建造物を損壊したと認定していることが明らかである。しかし右証拠によつては被告人が単独で右三箇所を破壊したことを認めることができない。かえつて原審第三回公判における証人山下武司の供述調書同第五回公判における証人石井正隆の供述調書、同第六回公判における証人向井田初子の供述調書、原審の検証調書、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、当審受命裁判官の検証調書、同証人石井正隆に対する証人尋問調書、原告松永喜一郎被告山下武司間の西宮簡易裁判所昭和三一年(ハ)第五三号建物収去土地明渡請求事件の判決謄本を総合すると、本件家屋所在の土地は被告人の父松永喜一郎の所有に属し、山下武司に賃貸し、同人は右地上に本件家屋を所有していたが、両者間の建物収去土地明渡請求事件について、昭和三一年七月一二日西宮簡易裁判所において原告勝訴の判決が言渡され、その判決は同月二八日確定したこと、有限会社石井商店(代表取締役石井正隆)は右確定後の同月三一日山下から右家屋を賃借し、山下の承諾を得て右家屋を改造することとし、同年八月頃そのことを伝え且つ隣地との境界を確かめるため使用人向井田初子を被告人方へ行かせたこと、被告人らは同女に対し右判決のあつたことを告げ改造を禁じたこと、しかるに石井商店は同年九月一日頃から大工を入れて改造工事を始め、被告人は同月五日頃これを知つてその中止を要求したこと、同月七日頃なお工事が続けられているので、兄清一郎とともに右家屋へ行き石井に対し更に中止を求めたが応じられなかつたこと、被告人は同夜父喜一郎にこれを話しともに立腹し、工事を中止させる目的をもつて同行し、石井に対しともに怒声をあげて工事を続けていることを責めた上、同人が家主の承諾を得ているから、他人から干渉される筋はないという趣旨のことを言つてなおも中止要求を拒否したので憤激し、両人がかわるがわる被告人が携えて行つた薪割用斧を振りまわして前記下地板及び壁をたたき、よつて前記三個所に損傷を加えたこと、右下地板は石井商店が階段を移動した上附加したもの、西側壁はもとからあつたものであること、すなわち両人共謀して山下所有の右建造物を損壊したことを認めることができる。しかるに原判決がその挙示の証拠によつて判示事実を認められるとしたのはその理由にくいちがいの誤りがあり、原判決はこの点において破棄を免れない。

同第一、第二点並びに弁護人の趣意中事実誤認及び法令適用の誤りについて。

所論は要するに、本件家屋の所在土地は被告人の父喜一郎の所有であるところ、その土地賃借人山下武司に対する建物収去土地明渡請求訴訟において原告である父の勝訴の判決が確定した後、有限会社石井商店(代表取締役石井正隆)が山下武司から右建物を賃借しその承諾を得たとし、被告人らの警告制止にかかわらず右建物の改造工事を進めたが、これはまさしく右土地所有権に対する急迫不正の侵害に当り、被告人は右侵害に対する正当防衛として本件損壊に及んだのであるという被告人の主張に対し、原判決が石井商店のした改造工事は急迫不正の侵害に当らないとしたのは事実を誤認し法令の適用を誤つたものである。山下、石井はいずれも右家屋賃貸借契約当時右確定判決のあつたことを知つており、これに基く強制執行を妨害する目的をもつて右契約を結んだのであり、しからずとするも右判決後山下及び石井商店の右土地に対する占有は不法である。又右改造工事は現に行われていたのであり、それが進行すればするだけ、父喜一郎に損害が大きくなり、右工事は明らかに急迫不正の侵害に当るというのである。

原審及び当審における証拠調の結果を総合すると、被告人が当夜前記斧を携えて行つたのは、工事が進行すればそれだけ右家屋収去の費用負担がかさむと考え、これを防ぐため土間のコンクリートを破壊してでも工事を中止させようと決意したためであり、被告人らが斧を振りまわして右家屋に前記損傷を加えたのは、前記のように石井正隆の態度に憤慨したことにもよるが、同時に右工事を中止させ右土地所有権侵害に対しこれを防衛する意思によつたことも否定することができない。なお右証拠によると石井正隆は右賃借当時確定判決のあつたことを知らなかつたことが認められるが、石井が当時これを知り又は右判決に因る強制執行を妨害する意図を有していたと認められる資料はなく、又被告人らが当夜現場に行つたときには、夜間のため工事は現に行われていなかつたことが認められるが、右破壊当時工事が現に行われ又は現に行われていると誤認させるような気配があつたとすべき根拠は少しもない。

ところで前記のとおり、石井商店が山下武司から右家屋を賃借したのは、前記判決確定後であるから、石井商店は民事訴訟法第二〇一条の口頭弁論終結後の承継人に該当し、右判決に因る強制執行の債務者となることは同法第四九七条の二に定めてあるとおりであつて、その費用負担において同法第七三三条の強制執行の対象となるのであり、しかも前記のとおり、被告人らから石井商店に対し前記判決のあつたことを通告した後においても、右家屋の改造工事が遂行されていたことが明らかであるから、たとえ右賃借当時石井正隆が右判決のあつたことを知らず、それに因る強制執行を妨害する意思はなく、又家屋改造について山下の承諾を得たとしても、石井商店の右土地占拠及び右工事遂行は不法違法というべく、刑法第三六条の不正の侵害に当るということができる。しかし同法の急迫というのは、侵害が過去又は未来に属せず現在し、又は侵害の危険が間近かに緊迫しており、これを排除するため反撃的に防衛行為に出る外はない緊急状況にある場合を意味すると解するを相当とする。(昭和三〇年一〇月二五日最高裁判所第三小法廷判決、最高裁判所判例集第九巻第一一号二二九七頁、昭和三一年一二月一一日大阪高等裁判所判決、高等裁判所判例集第九巻第一二号一二六四頁参照)ところが右工事は、前記のとおりあらかじめ通知された上数日前から行われていたもので、被告人はこれを知つており、しかも本件損壊当時現に行われていなかつたのであるから、右工事をもつて急迫の侵害とすることはできない。

従つて原判決が、石井商店は賃借人として仮処分その他法定の手続によつて排斥又は制限されない限り、右家屋をその本来の用法に従つて使用収益する権利があるから、賃貸人である山下の承認を得て改造工事に着手したことは違法ではなく、これをもつて不正の侵害とはいえないとしたのは法令の解釈を誤つたという外はないが、右侵害が急迫でなかつたとする点において前記と趣旨を同じくし、原判決は結論において当を得ているから、結局論旨は理由がない。

以上各所論は理由がないが、原判決には上記のとおり理由のくいちがいの誤りがあるから、その他の論点に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九二条第二項、第三九七条、第三七八条第四号により原判決を破棄し、第四〇〇条但書に該当する場合と認めて更に裁判をする。

(罪となるべき事実)

被告人の父松永喜一郎は芦屋市大原町一九五番地の土地を所有しこれを山下武司に賃貸し、同人は右地上に木造二階建一棟を所有していたが、同人に対し右家屋を収去し右土地を明渡すべきことを命ずる判決が確定した後、有限会社石井商店(代表取締役石井正隆)が山下から右家屋を賃借し、同人の承諾を得たとしてその改造工事を始め、被告人らの再三の中止要求に応じなかつたので、被告人は昭和三一年九月七日喜一郎とともに右家屋へ行き同所において石井に対し中止要求の上、両名共謀して被告人が携えて行つた薪割斧をかわるがわる振りまわし、同家階段下脇壁下地板及び階下西側壁をたたきつけ、よつて右下地板中の横四三センチメートル位縦八〇センチメートル位の部分に属する数枚を破壊し又右壁上に直径一〇センチメートル及び横六・五センチメートル位縦二〇センチメートル位の損傷を加え、もつて山下所有の右建造物を損壊した。

(証拠の標目)

一、原審第三回公判における証人山下武司の供述調書、同第五回公判における証人石井正隆の供述調書、同第六回公判における証人向井出初子の供述調書

一、原審の検察調書、当審受命裁判官の検証調書

一、当審受命裁判官の証人石井正隆に対する証人尋問調書

一、領置にかかる写真ネガ一枚(昭和三五年領置第九六号)

一、右ネガによる焼付写真

一、右ネガの提出書、領置調書

一、西宮簡易裁判所昭和三一年(ハ)第五三号建物収去土地明渡請求事件判決謄本

一、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書

(法令の適用)

刑法第二六〇条、第二五条第一項、刑事訴訟法第一八一条(被告人及び弁護人の正当防衛の主張が採用できないことは前詳記のとおりである)

(裁判長裁判官 小川武夫 裁判官 亀井左取 裁判官 柳田俊雄)

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